対談参加者
・Aさん(研究機関勤務)
・Bさん(化学メーカー勤務)
・Cさん(機器メーカーA勤務)
・Dさん(機器メーカーB勤務)

  • ・定量NMRは、学問になりうるのか?
  • Aさん:ならないでしょ。ならないでしょっていうよりか、今の状態だったらならないでしょ。
  • Dさん:今の状態とは?
  • Aさん:比較をすると、例えば質量分析も同じようにスペクトルだけど、定性分析と定量分析があって、まぁ定量分析は胡散臭いんだけど、定性と定量の両方が対になって動いているわけじゃん?質量分析の方はある意味結構単純なので、質量分析学会があるように、定性と定量の両方が対になっているから成立してる気がする。分析化学って学問の一つに定量NMRが入るのは確かだけど、定量するだけの部分で学問というのは結構無理があるよね。それは質量分析にしてもね。
  • Dさん:考え方によっては、定量NMRをテーマにして、たとえば2次元NMRで定量をするというのはどういうことかとか、それはある意味学問だと言えなくもないんじゃないですか?
  • Aさん:それもそうだし、今ある1Hのやつでも、今は内標準で測っているだけだけど、標準添加法とかやってもいいかもしれないしね。
  • Dさん:標準添加法とは?
  • Aさん:混合物の中に定量したいシグナルがあるんだけど、ちょっと信号が被ってるみたいなときに、ただ単に内標準法で測っても被ってるかどうかわかんないから、本当の値かどうかわかんないでしょ?同じものの純度がわかったものをいれて、どれぐらい増えるかを見てあげたら、被っててもそこの定量値は求められる。普通に液クロとおんなじような使い方をするっていうのは、やってもいいと思っているんだけど、やる奴がおらん。
  • Dさん:MSでもLCでもなんでもいいんですけど、じゃあ例えばLCで定量をすることっていうのは学問として成立するのかっていうのはどうでしょう?
  • Aさん:アウトプットは定量分析だけでは成立しない。定性分析と対になっていないと無理じゃないかと思う。そもそも学問って何を指すかも定義しないと思うところは違うかも。
  • Dさん:定量をするという行為が一翼を担っているNMRは学問と考えられる?
  • Aさん:そうそうそう、2次元もそうだし、リンとか多核とかもそうなんだけど、やり方によっちゃあ学問は成立するんだけど、じゃあ何に使うかって話よ。今の状態だと、純度決定をするぐらいにしか使っていないわけで、そうではないところで定量しましょうって言った瞬間に、LC/MSみたいな「なんか定量したつもり」みたいなところの学問になる。
  • Dさん:LC/MSは「定量したつもり」というか、あやふやなところが多すぎるので、それをちゃんとするために学問としてやってる。学問てのは新規性がないとダメだと思うので、今の業界における定量NMRはアウトプットの新規性を持っていないってことですかね。
  • Aさん:LC/MSとかGC/MSの場合は微量分析ってところに特化している部分もあるんだよね。微量なんだけど、MS使ってSIM測定したら、ある程度っていうか結構いい精度で測れてるよね。だからそこに新規性がある。いままでFID(GCの検出機、Flame Ionizaation Detector)で測れなかったやつが、すんごい低い濃度のところで測れるようになったし、あと生体内のナントカカントカみたいなやつも、すんごい量が低いところで、どう動いているかが測れるようになった。それが正しいかどうかは別として、正しいかどうかは別としてっていう言い方はちょっとアレなんだけど、こんなところで推移しているよねっていうのが見えるようになっただけでも、いろんなことに応用が効くんだよね。NMRの場合は「濃度がすっごい低いところ」ってのはちょっと苦手でしょ?だったら、「結構正確に測れている」っていうところを押していくしかないような気がするかなぁ。
  • ・学問のための武器?
  • Dさん:つまり、定量NMRは学問における武器のひとつになるってことですね。
  • Aさん:なるとは思う。
  • Dさん:武器の一つにはなるんだけど、定量NMRそのものが学問として成立するかっていうと、なにをもってテーマにするかって話なんですかね。
  • Aさん:応用の方で何に使ったからすごいことができたっていうのを作らないと、「そっかー」ってことにはならないんじゃないかな。
  • Dさん:方法論としては、今やっている内標準法は、もう出来上がったものになっている。じゃあ、更にこういう方法を使って定量したら、定量することのノウハウがさらに高まっていくっていうことであれば、それは学問なのかなって気がします。
  • Aさん:HiFSA(イリノイ大のパウリ先生が手がけている量子力学計算を応用した定量)とか、まだ可能性はすごい残っているけど、どう使ったらいいかがわからないんだよね。
  • Dさん:あれって僕はすごいと思うんですけど。オーバーラップした信号の解決に役に立ちますよ。
  • Aさん:キラーアプリケーションが無いんですよ。「そっかー」って思わせるやつが。
  • Dさん:混合物をうまく分ける、たとえばたくさんのパラベンの誘導体が全部重なっていても、それらを分けて考えられるわけじゃないですか。リファレンスになる信号が別にあれば重なっている部分を判別できるわけですよね。
  • Aさん:それは技術的にはできるんだけど、じゃあどこで使う?ちゅう話よ。たとえば、工業的に色々なパラベンが混ざっているのを分けなければならないシチュエーションがあるのか?
  • Cさん:今は液クロとかでできていることが、NMRではできないこととして、どうしても重なってしまった信号を分けなければならないってことがあれば…
  • Aさん:そこをクリアしたらとんでもないことができるっていうシチュエーションに、HiFSAは応用できるとは思うんだけど、じゃぁそれは一体何なんだと。
  • Dさん:NMRって、信号の分離が極めて悪いわけで、それを解決する手にはなると思いますよ。混合物でごちゃごちゃしたスペクトルの中から単一の成分を抽出するのって物凄く難しいじゃないですか。波形分離って、言うのは簡単ですけど、あれは波形を分離しているだけで、正しいかどうかはわからないです。HiFSAはそれを解決する可能性を秘めていますよね。
  • Aさん:だけど、液クロも正しいかどうかわからないよね。分けた「つもり」なんだもんね。
  • 4人:(笑い)
  • Dさん:とはいえ、私はあれ(HiFSA)は重要だと思うんです。定量NMRに低磁場のNMRを使えるという方向性の応用は多分あまり無いと思うんですが、それよりも信号の帰属や抽出に役立つ可能性があります
  • Aさん:自分もそう思いますけど、自分自身にとってはその使い道が思い浮かばないんです。
  • Dさん:たとえば、危険ドラッグみたいなごちゃごちゃ含まれている中に、特定の成分がどんだけ含まれているかを調べることには使えるんじゃないですか?
  • Aさん:できるような気はする。
  • Dさん:そうなれば応用は効きますよね。高純度な試料の純度を調べるような分析には何の役にも立たないですけど。
  • Aさん:グッチャグチャに混ざってるんだけど、そこだけ抽出しなさいっていうのができるんだったら、すごいインパクトがあると思う。
  • Dさん:ですよね。もっと混ざり物で試してみたらいいと思います。
  • Bさん:天然物とか生薬とかを直接定量できちゃいますよね。
  • Dさん:食品添加物とかだって、添加する前は綺麗なのかもしれないけど、添加した後はグッチャグチャなわけですよね。どれだけ混ざっているかがわかることは大事なことなんじゃないですか?
  • Aさん:やる奴がおらん。メチャクチャめんどくさいって話だよね。
  • Cさん:大学でやっている人が圧倒的に少ないんですよね。
  • Aさん:そうなんだよ。HiFSAとか、すごい使い道あるけど、大学院のドクターとかマスターのテーマなんですよ。まだちょっと煮えきれてないっちゅうか。
  • ・別のフィールド?
  • Dさん:ケミストリーのフィールドよりも、環境化学とか、違ったところにアプローチした方がいい気がします。
  • Cさん:そういうところはNMR使ってないかも。
  • Aさん:環境分析でNMRを使っているところとか少ないんじゃない?そうするとやっぱり、天然物か合成の人たちでしょう?でも合成の人たちは定量に興味がないかも?
  • Dさん:いままでやっていなかった定量NMRで「こんなことができるんだよ」といえば、環境化学の人たちだって興味を持つんじゃないですかね?定量といえば、大学の時、理学部化学科の中に環境化学研究室ってのがあって、髪の毛の中の水銀の量を測ってましたね。
  • Aさん:そういうの昔からあるよね。
  • Dさん:水銀の定量そのものにはNMRは使えないでしょうけど、有機化合物による汚染とかだったら使えるんじゃないですか?たとえば廃液の中に特定の化学物質がどれだけ混入しているかとか。新たなフィールドを開くと言う意味では、学問たりうるんじゃないですかね。
  • Cさん:でも、そういう人たちはNMRを知らないわけでしょ?知らないままじゃダメだよね。学問をしてもらうためには、応用方法を見つけてもらうためにも知ってもらわないと。
  • ・定量NMR研究会の役割
  • Dさん:それは定量NMR研究会の大きな役目だし、環境化学分野に乗り込んでいくというわけですね。
  • Aさん:でも、環境化学だと微量分析が主だからなぁ。
  • Dさん:環境中の危険物質とかはそもそも量が少ないですもんね。
  • Cさん:そうするとまずは標準物質から入っていくんですかね。
  • Aさん:それでは話が元に戻っちゃう。
  • Dさん:学問たりうるかどうかはやはり新規性だと思うので、何をもって定量NMRに新規性を出すかですね。
  • Bさん:新規性といえば、RMS(相対モル感度)を用いた定量分析はアウトプットになるんじゃないですかね。定量NMRが背景にあるわけですし。
  • Aさん:RMSを求めるのはめんどくさいけどね。
  • Bさん:いや、そんなことないです。やってみればそんなにめんどくさくはないですよ。
  • Aさん:定量NMRを用いてRMSを求めるってはなしだから、一つずつ求めていくとそれなりにめんどくさい。でも、RMSがわかってしまえば後は楽なんだけどね。
  • Bさん:正確にRMSが求められているか妥当性確認をとりましょうという話になってくると面倒かも
  • Aさん:液クロメーカーが頑張ってRMSのデータベースを供給してくれれば、一気に普及すると思う。あとは製薬メーカーとか登録検査機関とか正確なルーチン分析が求められているところが使うか。
  • Dさん:学問になる余地はありそうだけど、今はハードルが高そうって感じですか。
  • Cさん:やはり知ってもらわなきゃダメだと思うよね。学生とかにも広めないといけないですよね。
  • Dさん:このテーマの落とし所は?
  • Cさん:アカデミックになるには、もっと知ってもらう必要があると。
  • Aさん:まずは定量NMR研究会に来てもらわないとね。